大判例

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大阪地方裁判所 昭和43年(わ)4019号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

〔判決理由〕(罪となるべき事実)

被告人は本籍地の中学校を卒業後、鉄工所など転々とし、昭和三四年頃より大阪市住吉区南住吉町三丁目二九番地所在有限会社隅野組の鉸鋲工として住込みで勤務していたもので、昭和三九年ごろから、同区殿辻町八三番地所在洋酒喫茶プリンスに屡々遊興に行つていたところ、昭和四三年九月中旬頃より同店に稼働していた中川よし子(当三一年)と情交関係をもつようになつたが、同女には内縁の夫松川通夫があることを知り、同女と話合いの上同女において右内縁関係を断ち将来被告人と結婚する約束まで交していたところ、同女の態度が同年一一月頃より急に冷たくなつたので懊悩するうち、同年一二月六日昼頃同女が右内縁の夫と仲睦まじく連れ添つて歩いているのを目撃して同女に裏切られたと思い同日午後八時頃友人と酒を飲んで別れた後、前記洋酒喫茶プリンスに電話をしたところ、同女が店をやめていることを知るに及び同女との関係も同女の裏切行為によつて霧散してしまつたと激怒し、ここに右両名を殺害して恨みをはらしたうえ、自殺しようと企て、同日午後八時三〇分ごろ、同区安立町七丁目二四番地所在の富村金物店において、刃渡り約16.5糎および一四糎の菜切庖丁各一丁を買い求めこれを携帯して同日午後九時三〇分頃、同区墨江東二丁目五五番地高瀬アパート二階の前記松川および中川の居室に到り、もつて殺人の予備をなしたものである。

(訴因における殺人未遂を認めなかつた理由)

本件訴因は、被告人が判示のとおり兇器を携え松川および中川の居室に到り、両名が応待に出たら直ちに刺殺する目的で右庖丁のうち一丁を右手に携えて案内を求めたところ、応待に出かかつた松川がこれを見て室内に逃げ込んだので、直ちにこれを追うて室内に飛び込んだが、右松川は右室の窓より屋外に飛び降り、右中川は入口より飛び出しそれぞれ逃走したため、いずれもその目的を遂げなかつたものである、というのである。

そこで前掲各証拠を検討すると、被告人が松川および中川を殺害する意思をもつて庖丁二本を準備しこれを携えて右両名の居室に到つたことは判示のとおりであるが、その際被告人は右庖丁のうち一丁をポケツトに入れ、他の一丁を右手にもつて右両名の居室の扉を叩いたところ、室内で電燈を消し寝床に入つてテレビを見ていた両名のうち松川が起きてきて、扉を半開きにして覗くと、扉の外に被告人が刃物をもつて構えているように見えたので、とつさに泥棒と叫んで引返し、室内の窓をあけて屋外に飛び降りて逃げた。被告人は扉の中に入り松川の挙動を見ながら履物を脱いで室内に上り松川の飛び降りた窓から松川の逃走経路をしばらく見ていたが、その間中川は出入口の扉から室外へ逃れ去つたことが認められるのである。

ところで殺人罪における実行の着手とは、人を殺害する意思をもつて殺人の実行々為を開始することをいうのであるが、本件において被告人の松川および中川に対する動作をみると、まず松川については被告人は庖丁をもつて松川と半開きの扉を隔てて至近距離で相対していたことは明白であるが、その際被告人が如何なる姿勢で如何なる態度をとつたかについて調査するに、被告人が当公判廷において庖丁は右手でぶらさげていただけであると供述し、検察官に対する取調においては庖丁を右手にもち腰に構えていたと供述し、松川は当公判廷において被告人は刃物を右手で右肩やや上に構えていたと証言し、被告人の供述自体ならびに被告人と松川との言い分にもくい違いがあつて、被告人の刃物のもち方については一慨に決め難い点があるが、松川は被告人の姿および刃物を瞥見するや急遽窓より逃走したものであつて、これに対し被告人はなんらさし迫つた態度や追跡をしておらず、却つて履物を脱いで室内に上り窓からゆつくり松川の逃走経路を見送つていた状況(中川は当公判廷においてその時間は三分間位であつたと証言している)からみると、被告人が松川に対し庖丁をもつて切りつけまた突き刺す行動に出なかつたことはもちろんさような態度にさえ出ようとする余裕のなかつたことが明らかであるから、被告人の右動作は松川に対する関係においては未だ殺害の実行々為を開始したものというをえないものと解するのが相当であり、また中川に対する関係においては被告人は殺害の意思をもつていたとはいえ庖丁をもつて単に室内に入つただけであつてそれ以上の行動には出ていないのであるから、被告人が中川に対し殺害の実行々為を開始したといいえないことはもちろんである。されば被告人の本件行為は右両名に対し殺害の実行々為着手前の段階に属するものと解するのが相当であるから、本件は判示のとおり被告人の右両名に対する殺人の予備と認定した次第である。(藤原啓一郎 畠山芳治 仙波厚)

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